彼女のたった一つの趣味は、進むべき道を迷っている人の前にあらわれる事だ。

フワッと蝶が飛ぶよりずっと軽やかに・・・。

 

 

「ねぇ。」

僕は机から目をはなした。

「ねぇ。何してるの?」

勉強のしすぎでついに幻覚があらわれたらしい。

しかも、幻覚が手をふっている。

「受験勉強。」

幻覚と話すのも気晴らしになればいいと思う。

「ふーん。志望校も決まってないのに?」

生意気な幻覚だ。いいじゃないか。勉強したいからしているんだ。

彼女は僕の机に頬杖をついた。

「なかなか、感心じゃない?」

幻覚にほめられ少しいい気になる。単純・・・・・・・。

僕は気をとり直して数学のワークを開いた。

カリカリカリ。カリカリカリ。

その間も彼女は笑顔で僕のシャープペンの先を見つめている。

カリカリカリ。カリカリカリ。

「なぁ、あきない?」

彼女は

「なにがぁー?」

きょとんとした顔をする。

「ワークなんてみててさ。」

首を振って笑う彼女。

「ううん、全然。」

「そうか。」

僕は続ける。

カリカリカリカリ。カリカリカリカリ。

「どこでもいいじゃん?高校なんて。」

「そうか。」

カリカリカリ。あーここの問題わかんない。

「高校なんて器だもん。」

「器?」

カリカリカリカリカリ。

「あのねー、人をいれる器。だからどの器にはいっても同じじゃない?」

カリカリ。ここ授業でやったな。

「器ねぇ。」

「世界だってね、器だよ。いろいろはいってる。」

そう言うと彼女は消しゴムをはじいて遊びはじめた。

幻覚だっていたずらぐらいはする。

「宇宙だって器。いっぱいいっぱい、ぎゅうぎゅうに。」

僕、宇宙ってスカスカだと思ってたんだ。

あーっ計算ミス。カリカリカリ。

「ねぇ、君はどの器にはいりたいの?」

僕は・・・・・・?

彼女は机の角にちょこんと座った。

「どの器にもはいりたくないの?こぼれていたいの?」

カリカリカリ。そうかもしれない。

彼女は少し哀しい目をした。

「こぼれだまは、さみしいよ。」

カリカリカリカリ。

そして消えていった。本当にフワリと蝶が飛ぶよりも

もっともっとフワリとこぼれていった。

カリカリカリカリ。

 

 

 

僕は今日こぼれだまをみた。

 

まだまだつかまえないでねと。