ラン ラララン ラン ラララン
ラン ラらラン ・・・ラン。
四十九日目の夕空
「翔汰、新聞とってきて。」
お母さんに言われてしぶしぶ靴をはく。
ドアを開けると、潮風が翔汰の前髪にふれる。そう、翔汰の家は海岸のすぐ近くなのだ。
春の海はまだ冷たそうにざわめく。
お母さんに言われた通り、夕刊の新聞を背伸びしてポストの中から取る。
少し冷えている新聞紙は、翔汰の熱い手にジンワリと響いた。
お母さんは、僕が最初に新聞を見るといつも怒る。とにかく1番最初に新聞を読みたいらしい。
それを知っていた僕は、お母さんに内緒でコッソリ新聞を読もうと思って広げようとした。
広げるより早く、新聞の間から何かガサッと僕の足元に落ちてきた。
何かと思って僕はその、落ちてきた物を確認する。
手紙だ。
柄はないけど、薄い水色をしている。空と同じ色。
翔汰は新聞を放り出してその手紙を拾い上げた。
中身を見る前に、誰宛かと、差出し人を確認した。そこには、差出し人の名前はなく、
『 永井 翔汰 様 』
と、だけ書かれていた。
なんだか、気味が悪かった。
このまま捨ててしまおうかとも思ったけれども、怖いもの見たさに、おそるおそる封筒のはじを破る。
『 永井翔汰様へ
こんにちは、お久しぶり。元気にしていた?
海岸へおいで。ゆっくりでいいよ。
怪我をしないようにね。。お前はおっちょこちょいだから。
待っているよ。
』
・・・背筋がゾッとした。
誰だ?なんで僕がおっちょこちょいだって知っているんだ?
キョーちゃんかな?でも、家族旅行に行っているはずだ。いとこの浩兄ちゃんかな?
でも、受験勉強とか言っていたから、そんなヒマは無いだろうし・・・。
もう一度、よく読み返した。薄い筆圧に目を凝らす。
・・・・・・どうも、よくわからない。誰だろう、誰だろう??
そんな事を考えているうちに、翔汰のなかの恐怖心はいつの間にか好奇心へ変化していた。
よし、行こう!行ってやろうじゃんか。僕だって男だ。
おっちょこちょいなんて言われて引き下がってはいられない。
放り出した新聞を拾うと、翔汰は勢いよくドアを開けて新聞を下駄箱の上に置いた。
そして左手に、さっきの手紙を握り、海岸に向かって走り出した。
やっぱり海岸のほうが家の庭よりも、風が強く感じられた。そして匂いも色濃く僕の神経に刻み込まれる。
小学校に入学する前は毎日のように来たもんだ。そうして決まって靴やらズボンやらをグショグショにしてお母さんに怒られた。
小さな蟹を拾ってきても、「絶対飼わないからね、捨ててきなさい。」と言われて、
それでも強情張っていると、ビンに入った蟹をそれごと捨てられてしまったこともある。
友達は誰が1番大きい蟹を持っているかでよく競っていた。
1匹も持っていなかった僕は、馬鹿にされる事が数えられないほどあった。
お母さんは海がキライだった。
何でも小さい時、海に行って溺れた事があるそうで、その時から海に対してトラウマがあるらしい。
なんせ元は都会っ子なののだから無理もない。
でも僕は海が大好きだ。海はまるで大きなガラス玉のように見える。真っ青は何処までも続き、遠い未来を映している様である。
そして風が周りを包み込む。
いつまでも見ても、何度見ても飽きない景色。
『ちょっとだけ・・・』
翔汰はお母さんに怒られるとわかっていて、靴と靴下をぬいで、海の中に入ろうとした。手紙は、靴のそばに置く。
足だけなら、ばれない。翔汰の表情には自身が満ちていた。
波が静かに翔汰の足に触れる。
「うわっ!」
メッチャ冷てぇじゃん!冷静になってみれば当たり前の事だ、春の海なのだから。
じ〜んとしみている。なんだか懐かしいとさえ思える。
冷たいのに、岸へ上がろうとはしたくなかった。
だんだんこの冷たさに慣れていくと、翔汰は深い方に行こうとした。
ゆっくり、こけたりしないように。
足元に石があった。右足がそれにつまずく。
「わあぁあっ!」
案の定、こけてしまった。しかも顔面から。
翔汰はすぐに起き上がってシャツを脱いでしぼった。
「はっくしょん、ハァックション!!」
ザバザバと岸へ向かう。
寒っ。すっげぇ寒い。全身がカタカタとふるえて止まらない。
もう、散々だ。それもこれも、あの手紙の人のせいだ。人を呼んでおいて来ないなんて、子供をバカにするにもほどがある。
もう帰ろう、靴をはいて海に背を向けたその時だった。
「ねぇ、私のペンダント知らない?」振り向くとそこには、ノースリブのワンピースを着た10歳くらいの女の子がいた。足が波に出たり消えたりしている。
「え、あ、ハイ・・・あの、寒くないの?」
僕はしどろもどろに尋ねた。会ったことも無いのにどこか懐かしく感じた声、聞き覚えがある気がした。
「アナタの方が寒そうよ」
そんなもっともな事聞いてくれるな、見りゃ判るだろう。
「そんな事より、私のペンダントを知っている?」
「だから・・・知らないよ。」
「・・・・・・そう」
彼女は寂しそうな表情を隠すように、僕に背を向けた。
もしかしたら、この人があの手紙の人なのだろうか。でも、会ったことも無いのに、何故僕の事を知っているのだろう?
「その、ペンダントはここでなくしたの?」
「そうよ」
後ろ姿のままで応えた。サラサラとした黒い髪の毛が風に揺れる。
ここまでくると、黙って家に帰るのも悪い気がした。
「良かったら、一緒に探そっか?」
控えめに問い掛けてみた。彼女は振り向くと、
「うん・・・!!」
・・・宝石のような笑顔を見せた。
「随分前の事だから、もう砂の中かもしれない」
彼女はそう言いながら、その辺の砂を白い、きれいな手で掘り出した。
僕も続いてすぐ近くのところで砂を掘り返す。
なんで探すのを手伝おうと思ったのだろう。そもそも僕はこんな事をしに来たんじゃないのに。
身体が震えるほどの冷えているのに、なんだか夢中で、寒いなんて感じなかった。
「ねぇ」
僕は手を止めずに尋ねた。
「そんなにそのペンダントはタイセツなの?」
「・・・うん」
穏やかな表情で言う。真っ白い、キレイな肌。細い腕、指。
「大切な人の写真がついているの」
それは誰? あえて聞こうとは思わない。
夕日が海にゆっくり呑まれていくのを肌で感じた。
オレンジ色の光が彼女の青の瞳にキラキラとしている。
一言で言うと、彼女はとてもキレイである。『見とれてしまう』というのはまさにこの事なのかもしれない。
「・・・私ね、今日でもうここには来れないの。」
「なんで?」
彼女は顔を上げて翔汰の表情を窺った。翔汰にはその本意がよくわからなかった。
「今日でこことはお別れなの。」
「答えになっていないよ。」
彼女の強い視線に押されて、僕は視線をそらしてしまった。
「理由なんてわからないわよ。」
「・・・ペンダントの写真って、誰なの?」
どういう訳か、僕は無性に知りたくなった。それは、単なる好奇心からではなく。
彼女は再び僕に視線を合わせると、右手をゆっくり翔汰の首にかけてきた。
僕はドキドキした。どうしてこんな状況になったのかわからない。
彼女が翔汰の耳元に囁く。
「それはね、」
・・・あ。
あなた。
姉さん?
ザザン・・・ザン ザザン・・・ザン・・・
波はすさむことを知らず、絶えずゆるやかに砂浜を染める。
お日様は海に消えて、空は薄い紫色になる。
砂浜に、翔汰は無造作に寝転がっていた。
ゆっくりと目を開く。
意識がこの世に戻ってきた感覚があった。
さっきまでの妙な浮遊感はスッキリと解消されている。目覚めは悪くない。
起き上がると、砂がまとわりついた髪をかきあげる。
服がぬれていたため、必要以上に砂があちらこちらにくっついている。
空色の手紙は海に揺れて、流れていく。
気付かないまま、翔汰はゆっくりと家路をたどった。
さっきまでの記憶が丸で無い。ただオレンジ色の空と、真っ青な海。それから、それから。 大切な、誰か。
「ただいま・・・」
翔汰は静かにドアを開けた。
「お帰り・・・あら、どうしたの!?砂まみれになって!」
お母さんはドタバタとバスタオルを取ってきて翔汰を包んだ。
「海に入ったの?だめじゃない、いつも言っているでしょ。危ないじゃない。」
翔汰は無言である。
「あんまり危ない事ばっかりやっていると、・・・お姉ちゃんみたいになっちゃうわよ。」
・・・誰?
ペンダントを見つけた、あのすきとおった瞬間。何が起こったのだろう。
「もう、こんなこと、しないと約束してね。」
「うん」
お母さんはニッコリと笑った。
・・・・・・ごめんね。
左手に汗ばんだペンダントを握り締めながら。
忘れていた記憶をたどりながら。
空色の手紙は、遠い海へ弧を描きながら。
・・・END
.
☆あとがきと解説☆
珍しく最後まで仕上がり、ホッと一息。
最初だけいつも調子イイので・・・。とにかく、無事完結。
話としては、少女は翔汰の姉であり、お互いに大切な存在というわけだったのですが、
翔汰は覚えていなくて、最後に会いたいと願ったという事です。
結局、翔汰の身体に姉の意識が入りこみ、翔汰の意識がどこかに行ってしまいましたが。
激しく非現実的・・・そっち系に詳しい方は、食い違う所があるかもですが、
あくまでもこれは私の感覚なので、ホントのところはよく判りませんが、
1つのファンタジーとみて頂けたら嬉しいです!!
長ったらしくなりましたが、ここまでお付き合いありがとうございました!