<<ミュンさん執筆の第3話     >>赤城康彦さん執筆の第5話

〜1〜悶々するのは誰のせい?〜

 

その夜鳴海は、シャワーで濡れた髪の毛を乾かすのもそこそこに、自分のベッドに横になり今日の出来事を反芻していた。

「なんつーか、もやもやしてんなぁ…」

目を閉じると、美莉里、絹さん、そして凪の顔が頭の中に次々と浮かんでは消え。とても勉強どころではない。宿題も手付かずだ。今からやる気もない。明日の休み時間にでんでろのやつにでも写させてもらおう、鳴海はそう思った。

「こういうときは、アレだ…」

鳴海は勉強机の鍵のかかった引出しからショートホープとライターを取り出した。灰皿は見つかるとイヤなのでさっき風呂上りに飲んだコーラの缶だ。

「コーコーセーって言ったって、煙草吸いたくなるときもあるさ…」

隣の部屋の凪に気づかれぬようにそっと部屋の窓を開け、一本。

煙を肺に溜め、一気に吐き出すと、紫煙が夜の闇に溶け込んでいった。

 

鳴海は、自分が煙草を吸い始めたころのことを思い出した。

たしかあれは凪の彼氏、赤城康彦が初めてウチに挨拶にきたときのこと。

彼の煙草を吸う仕草を、じっと楽しそうに見つめる凪。

なんだか悔しくて、その晩鳴海は近所の煙草屋に走ったのだった。

「まるでガキだよなぁ… 告白だって、何だかんだ理由をつけて先延ばしにしてるし。こんな優柔不断な人間なんて、好かれるわけないよなぁ…ああ…」

鳴海はベランダに力なく崩れ落ち、声にならない心の叫びを上げた。

「…どうすればいいんだよっ……!」

 

あまりの情けなさに鳴海がほろり男泣きをしそうになったその時、コンコンとドアをノックする音がした。

鳴海が返事をする前にガチャリとドアが開き、凪が入ってくる。

「あれー、鳴ちゃん。ベランダで何してんの〜?」

「ちょ…姉さん…勝手に開けて入ってくるなよ…!ちょっ…!漁るな!こら!」

遠慮なく入ってきた凪が机の上に積み上げられていた雑誌の山を漁り始めた。

鳴海は慌てて煙草をもみ消し、止めに入る。

「うわ…すご…っ。鳴ちゃんこんなの見るんだ…」

「それはでんでろのだーーーーーーーッ!!!!あのやろーーーッ!!!!」

凪の手からひったくるように、でんでろが遊びにきたときに置いたままにしていった、ものすごく助平なビデオ(近親相姦モノ)を奪い取った。もちろん即ごみ箱行きだ。燃えないごみの。

「えっちでもいいじゃない、別にさ。男の子なんだし〜?」

凪は鳴海の肩に手を回し、体を密着させてきた。ふぅ、と耳元をくすぐるように凪がしゃべる。様子がおかしい。いくら姉弟でも、限度がある。鳴海は凪の体のふにゃっとした感触に顔を赤らめた。ちなみに凪の胸は、結構でかい。

「ちょっと…姉さん…やめろって…」

「やぁだ〜もんね〜」

凪は鳴海の言葉に耳を貸さず、さらに顔を近づけてきた。

「…鳴ちゃんは〜、私のことどう思ってんのかな〜…?」

凪は目を閉じ、唇を鳴海に近づける。

(何言ってんだ…凪のやつっ…)

鳴海は凪の吐く息が少し酒臭いことに気づいた。

「…姉さん、また酒飲んでたろっ…!酒臭いぞっ!」

「はぁ〜い、飲んでました〜。赤城さんに誕生日プレゼントに貰った久保田の万寿〜♪」

「…高い酒だなオイ。それはそうと、早く離れてくれよ。暑い」

「ちぇ」

「ちぇじゃないっ。それで…何か用?」

鳴海に絡みつくのを渋々諦めた凪は、思い出したようにポン、と手を合わせた。

「そうだ。鳴ちゃん、今度の連休空いてる?赤城さんがね、ちょっと旅行にでも行こうって言ってくれてるんだけど」

そこまで言った凪は急に顔をきりりと引き締めて、

「鳴海君も、一緒にどうだい?俺の車で山の別荘にばびゅんとひとっとびさ」

赤城の真似だろうか。あまり似てないな、と鳴海は心の中で苦笑した。というか、本当にばびゅんとか言ったのだろうか。赤城のキャラクターには合わないなと思い、鳴海は二度、苦笑した。

「って感じなんだけど、どう?」

素に戻った凪は鳴海に尋ねた。

恋人同士の旅行に、お荷物が付いていっても邪魔だろうに。さすがに気が引ける。一体どういうつもりなんだろうかと鳴海は思った。自分がついていかなきゃいけないわけでもあるのだろうか。鳴海は少し考え、こう言った。

「…ちょっと、空いてないな。赤城さんの車も見てみたいけど、予備校の勉強、しなきゃいけないし。二人で楽しんできなよ。お土産期待してるからさ」

「そっか…」

凪はがっくりと肩を落とし、そう呟いた。よほど残念だったと思われる。

鳴海は少し心が痛んだ。少し嘘をついたからだ。実のところ、連休の予定なんて全くもってないのだ。あっても、でんでろと二人、女っ気なしで馬鹿をやるだけだ。勉強しなきゃいけないのは本当だけど。

「…それじゃ、俺。今日はもう寝るから」

鳴海はしょぼくれてる凪を促した。

何もする気がないときはとりあえず寝るに限る。

「ん…わかった、それじゃおやすみ…」

ふと、凪がドアのところで立ち止まり、くるりと振り向いた。

「…何?」

怪訝そうな顔で鳴海は凪に問う。

「コーコーセーは、煙草吸っちゃいけないんだぞ」

そう一言だけ言うと、凪は自分の部屋に戻っていった。

「…ばれてたのか」

今度、匂い消しでも買ってこよう。鳴海はそう思った。

 

電気を消した暗い部屋の中で、鳴海はさっきの凪の言葉を思い出した。

『…鳴ちゃんは〜、私のことどう思ってんのかな〜…?』

…酔っ払いの戯言か。それとも……。

考えているうちに、鳴海は深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

〜2〜遠い叫び〜

 

「おい、でんでろよ」

誰が見ても不機嫌そうな鳴海は、朝っぱらからクラスメイトと下品な話で盛り上がっているでんでろの肩をつかみ憎しみのこもった声を出した。

「な、何だい岡崎クン?そんな怖い顔してさぁ…?あはは、穏便に行こうヨそう穏便に。あ、挨拶が遅れてたね!お、おはようっ!?」

ただならぬ気配を感じたのか、でんでろは怯えたように震えている。冷や汗も大量だ。

「お前よ。もうウチでビデオ見るの禁止な」

「ちょっ…?どういうことデスカ!?…あ?ああ!なんでもないなんでもない!」

でんでろはあたふたしながらその場を取り繕うと、階段の裏手に鳴海を引っ張っていった。

「なぁ岡崎っ!どういうことだよぉぉ!!」

話を聞かれないためにこんなところまで引っ張ってきたのだろうが、でんでろの声は大きく、階段を昇降する生徒達に丸聞こえだ。

「おまえんちで見れなくなったらっ!俺はえっちなビデオをどこで見ればいいんだよぉぉ!!!」

鳴海の肩を掴み、激しくシェイク&シャウトするでんでろ。鳴海は呆れたようにこう言った。

「自分ちで見りゃいいだろうが」

「それができないからお願いしてるんじゃないか!ウチにはビデオデッキは居間に一つしかないんだよ!!頼むよオイなあ頼むよ頼むって言ってるだろぉぉ!?…それとも何か!?俺に親兄弟の見てる前で『あはん♪』とか『うふぅん♪』とか言ってるビデオを見ろって言うのかっっ!!この人でなしのごく潰しぃっ!!」

「ごく潰しって…お前それ言い過ぎ…」

「だからさ…頼むよぉ…」

「だからイヤだって。お前、こないだ俺んちにビデオ忘れていったろ。姉さんにあれ見られた。いつまでもあると迷惑だからな。今日の朝、燃えないごみで捨てといたぞ」

「な」

拳を握り締め、震えるでんでろ。

「なな」

「なんだってぇっ…!俺の…俺の少ない小遣いを半年の間コツコツと貯め、騙されやしないかと不安になりながらも勇気を出して通販で買ったあのビデオを!!親に小包見られないように学校サボって家の門に張り付いて手に入れたあのビデオを…捨てたですとー…?!しかも凪姉さんに見られたですとー!?うわぁー!もうお婿に行けないーっ…!!」

鳴海の襟首を掴みながらそう一気に叫んだ後、でんでろはがくりとその場に崩れ落ちた。肩が小刻みに震えていた。

「…泣いて…いるのか…?」

「…おろろーん、おろろーん」

「ったくよぅ…」

階段通る人には迷惑だけどこのまま置いていくか。鳴海がそう決心して場を離れようとしたときだった。階段の手すりの所から明日美が身を乗り出してこちらを覗いていた。

「あ〜らら、鳴海ったらでんでろクンいじめて泣かしてんの〜?いじめっこだ〜。先生に言いつけちゃおうかなー?」

「明日美っ…! いや、これはだな…でんでろのやつが全面的に悪くてどちらかというと俺は被害者」

「へー、人に罪をなすりつけるんだ…? ねぇ美莉里、どー思う?」

その時鳴海には明日美の笑っている口が耳まで裂けて見えた。小悪魔なんてかわいいもんじゃない、本物の悪魔だ。

「岡崎君、あんまり山野君苛めちゃかわいそうだよ?」

「ち、違うんだよ美莉里さんっ」

「それじゃ、私達教材持ってかなきゃいけないから。じゃあね〜♪」

ててて、と明日美が鳴海に駆け寄った。鳴海の耳元で他の二人に聞こえぬようにこっそりと囁く。

「…がんばれ鳴海。クスクス…」

明日美は鳴海の耳元で他の二人に聞こえぬようにこっそりと囁く。

「…くっ…」

 

鳴海はまだ廊下にうずくまってうめいているでんでろの腹に軽く蹴りを入れ、一人で教室へ向かった。

 

〜3〜そして時は動き出す〜

 

昼休み。昼食後美莉里は廊下で明日美とだべっていた。

「ねぇ美莉里。今度の連休の予定決まった?」

「ん…まだ。模試もあるし、勉強かなぁって思ってるけど…」

「何考えてんの、せっかくの休みなのに! どっか遊びに行こうよー。青春の一時がもったいないってば! 年寄りじゃないんだから外で元気に遊ぼうっ!」

明日美が拳を握り締め熱弁を振るう。

「うーん…どうしようかな…」

美莉里が返答に困っていると、急に後ろから声がした。

「やぁ、美莉里クン。君は今日も高原を駆け抜けるそよ風のようにさわやかだね」

気配を感じ振り向くと、そこにはPONが何時の間にか立っていた。もちろんバックにはまるで少女漫画のような無数のバラだ。どこから持ってきたのだろうか。

「あ、PONさん。いつの間にそこにいたんですか? びっくりしちゃいました」

くるりと回転してポーズを決めながらPONはこう言った。

「ふふ、驚かせてごめんよ。ところで美莉里クン、今度の連休はお暇かい…?」

あの、と美莉里が言いかけたが、返事をするのも待たずにPONはすらすらと続ける。

「連休中、叔父の管理しているペンションにヴァカンスに行こうと思ってるんだ。業界では少しは名の知れた『森の宿屋』っていう所なんだが…もちろん貸切でね。物語に出てくるシルフの様に可憐な美莉里クンと是非、森の泉で戯れたいと思って…一緒にどうかな?…フフ…アハハ!いたずら好きな妖精さん!こっちだよ……」

PONはそう言うと、自分の世界に入ってしまったらしくあらぬ方を向いて笑っている。学園の貴公子もこうして見るとただの変態だ。

「あ、あのー、私…」

「いーじゃん美莉里!PONさん!私も一緒にいってもいいですか?私達連休どうしようかってちょうど悩んでたところなんですよ〜!」

明日美の声で、はっとPONは空想の世界から我に還った。

「あ、ああ、モチロンOKさぁ…。よければ他にもフレンドを誘っても構わないけれども…」

「ちょっ…明日美…私は」

「いいのっ!たまには健康的に遊ばなきゃ!勉強ばっかりしてたら体に悪いって♪ きっと楽しいよ、皆で遊んでご飯食べてさ。思い出作ろうっ。それじゃよろしくお願いしますね〜」

「ちょ、むぐむぐ」

美莉里は明日美に口を塞がれそのまま教室へと消えていった……。

 

 

夜。

鳴海が一人、ベッドで昼の事を悔やみうめいていると、居間の方で電話の鳴る音がした。

取りに行こうと体を起こすがコールがやんだ。凪がとったのだろうか。

「鳴ちゃん、『美莉里さん』から電話だよ」

ドアを開け、凪がコードレスフォンを差し出した。

「何で美莉里さん、のとこを強調するんだよ…」

鳴海がぶつくさ言いながら凪から電話を受け取ると、

「ふふん…女の子には、優しくね?」

そう一言、にこりと笑って凪は自分の部屋へ戻っていった。

(何か引っかかるよな…)

「…もしもし…?」

こんな遅くに電話してくるなんてどんな用事なんだろうか。

「…もしもし岡崎君?夜遅くにごめんね。今のお姉さん…? 優しそうな人だね」

「まぁ…優しいかな。たまにわけのわからない事するけど」

予備校のことや、その他当り障りのない話の後、美莉里が改まったように切り出した。

「突然だけど…今度の連休、岡崎君暇かな? PONさんがペンションに行こうって言ってくれて。他にも友達誘ってもいいって。だから、もしよかったら岡崎君と山野君も一緒にどうかなあって思って電話したんだけど…。もう予定入っちゃってる?」

「いや…、特に何も予定はないよ。一人寂しく勉強もつまんないし、美莉里さんが行くなら俺も行くよ」

「そう、よかった!じゃあ、山野君にも伝えておいてね。当日はPONさんの家に朝八時に集合だから。それじゃ、おやすみ…」

「あ…おやすみ」

プチと電話を切った後、鳴海は冷静になって考えてみた。

(俺、行くって言っちゃった。さらっとオーケーしちゃった。美莉里さんと一緒に旅行……そうだ、でんでろにも連絡しなきゃ……あ、やべっ…)

鳴海は、十五年振りに鼻血を出した。


 

〜岡崎と屑先生〜『全員出すって難しいね』の巻♪

屑:随分と強引だ名!これがお前の精一杯か!屑野郎!

岡:ホントの屑に言われたかねえよ!強引って言うな!泣くぞ!わーん!ほら泣いた!

屑:フン、あれだな、次の赤城さんは苦労しそうだ名。

岡:ごめんなさいいい…無理やり森の宿屋編につなげてみたっす……。

屑:ペンションといえば殺人事件だな。雪の中で。犯人は●●●●だ!

岡:かまいたちの夜かよ!ネタばれすんな!あぶねえ!

屑:まあ何か起こるって事は確実だ菜。

岡:つうことでバトンタッチです。お願いします……。

屑:グッドラック!

岡:杜仲茶さんにはかなわねぇ…ガクリ。