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執筆:でんでろ音波虫。
いや〜構想20年、制作時間4時間の超大作です!!

獄門ラブストーリーEPISODE1〜黎明編〜

キーンコーンカーン

鳴海は、他の生徒が下校する廊下の
時刻は午後の4時過ぎ。”彼女”はこの廊下を通って生徒会室に行くはずだ。
教室からは生徒会室に来るにはこの廊下を通るほうが最も近い。
”彼女”が教室を出て生徒会室に向かうのは確認した。
先回りして、生徒会室の隣の職員室に用があるような顔をして待ち伏せする。
まもなく”彼女”がやって来た。

「岡崎くん、職員室行くの?」

鳴海は今気が付いた、という顔をしながら

「あ、美莉里さん。ほら今日オレ、日直だったからさ」
「そうだったね。ご苦労様」

美莉里と呼ばれた女子生徒は
方角が同じだからさもそこで会ったという雰囲気で二人並んで歩き出す。
何となく黙ってしまうが、気まずいという感じではない。
10秒もかからずに生徒会室の前に差しかかったからだ。

「岡崎くん、今日は予備校行くんだっけ?」
「うん。美莉里さんはこないだの模試よかったから行かないんだろ?」
「あはは、半分はサボりだよ」

笑いながら彼女は生徒会室の戸に手をかけようとした。

「あの・・・」

と鳴海が必死さを懸命に押し殺した声をかけようとし、
それに美莉里が、ん?と振り返りかけたとき、

「美莉里!ちょっとコレだけど!」

室内から生徒会の女生徒が顔を出して美莉里を呼んだ。
教室内からでも美莉里の接近は他の生徒会のメンバーに分かったようだ。

「あ、ゴメンね、岡崎くん」
「ああ、じゃ・・また明日」
ぎこちなく手を挙げて答える鳴海の胸中など、まるで気が付かない様子で
美莉里は生徒会室に引っ込んでいった。

「今日もダメだったか・・・」

もとより鳴海は、生徒会には所属していない。
15歳の高校一年生、岡崎鳴海が、クラスメイトの美莉里を意識しだして
間もなく半年が経過しようとしている。

きっかけは、高校入学と同時に通いはじめた予備校での説明会の会場と、その帰り道だった。
その時説明会に来ていたのは、岡崎が通っている高校では、美莉里と岡崎の二人だけだった。
クラスでは全く口をきいたことがなかったが、彼女のほうから

「あ、岡崎くん!知らない人ばっかりで心細かったんだよ〜」

と、心細いとはとても思えない明るい声で話かけられ、
進路のことなどまだ考えてないが、なんとなく予備校に通うことになったいきさつや
中学時代の成績のこと、高校の教師や先輩から仕入れた情報などをお互いの事を話し合った。
まあもっとも、予備校に入学して最初のテストで
彼女は県内トップクラスの猛者が集まる特Aクラスに移籍したのだが。
彼女には、元来の明るい性格に加え、
一年生にして既に生徒会に所属していることも手伝って、男女問わず友人も多い。
生徒会室でどのような会議が行われているか、鳴海は知らないが
会議の他にも、他愛のない世間話が長時間渡って盛大に繰り広げれ、
少なくとも2時間は、美莉里が生徒会室から出てこないことは、もう4日前には分かったことだ。

――何とかして美莉里さんに告白したい。

その想いは日ごと膨らむばかりだ。
返事がどうであれ、この想いを告げようと心に決めたのが1週間前。
なんとか二人きりになるチャンスを見つけて告白しようと思ったが、
今日のように絶妙のタイミングで誰かの邪魔が入り、言い出せずにずるずると先送りになっている。
常に誰かを引き回すような、群れて騒ぐタイプとも見えないが、
独りでいるところなど、入学してから見たことがない。

――いや、それはきっと言い訳なんだろう。

校舎の裏でも、屋上でも、下校路でもいいから
「ちょっと話があるんだ」と呼び出して、一言告げるだけでいいのだ。
台詞も半年前から練習してある。

「予備校で初めて話したあの日から、ずっと美莉里さんが好きでした」

その一言が言い出せない。

日の入りが早くなって、そこら中を鈍い赤に染める西日から隠れるように
鳴海は繁華街のビルの影を選んでとぼとぼ歩きながら、予備校までの時間を潰した。





鳴海は予備校が終わった後も、真っ直ぐ帰る気がせず、
ゲームセンターで1時間ほど時間をつぶして帰宅した。
姉のアサ凪がテレビを付けっぱなしでテーブルに突っ伏していた。

「ただいま」

と声をかけると、凪は、はっと顔を上げ、

「あ、おかえりなさい!」

と片目を半分閉じたまま返事をする。テーブルの上には凪がぶちまけたヨダレが
盛大に広がっていた。

「あはは・・・ヨダレっちゃった♪」
「汚ねぇなぁ、――母さんたちは?」

鳴海と凪の両親は共働きで、二人揃って帰りが遅い日も珍しくない。

「今日は二人とも帰りは遅くなるって。夕食できてるよ。私は先に食べちゃった」
「ゲッ、凪の手料理かよ!!」
「姉さんって甘えた呼び方しなさいって何度も言ってるでしょーが!」

鳴海は「はいはい」と呆れ顔で返事し、
いったん自分の部屋に鞄をおいて制服を脱いでから食卓につく。

「はい、今日のは言っちゃなんだけど、自信作なんだから」
「いつもと同じタダのカレーじゃん」

といいながら乱暴にカレーをかきこむ。腹は減っていた。

「で、今日も告白できなかったんでしょう?」

と頬杖をつきながら弟をずっと眺めていた凪が、
いきなり声をかけたため、鳴海は咽せ返りそうになって目を白黒させた。
姉に美莉里の事を話した覚えなど全くない。

「なっ、なんで姉さんが美莉里さんのことを!?」
「ふーん美莉里さんって言うんだ。あんたってホント分かりやすいねー」

どうやらカマをかけられただけのようだ。でも何故

「なんで、知ってるんだよ」

鳴海が右手に持ったスプーンが、
皿に置かれるでもなく、口に運ばれるでもなく宙で妙な動きをする。

「別にぃ。ただ鳴ちゃん、ここ何ヶ月か何かヘンと思ったら、
 一週間くらい前からロクに口もきかなくなっちゃったし」
「べ・・・別に姉さんには関係ねーだろ!」

それだけで見破ったというのか。女とは恐ろしいものだと思いつつ
鳴海は顔を赤くして姉から目をそらし、やや乱暴に言った。
そのため、姉の顔が微かに翳ったのに全く気が付かなかった。
袋小路に追い込まれているような居たたまれなさに陥りそうになったので、

「そういう姉さんはどうなんだよ?」

と逆襲の意味もこめて鳴海は訊いた。
大学一年の凪は、同じ高校だった同級生と付き合っているはずだ。
鳴海も一回あったことがある。
そういえばアイツ名前なんていったけ?

「別に鳴ちゃんには関係ねーだろ」

凪は、さっきの鳴海の口調をマネた返事をしながら舌を出した。



夕食が終わり、鳴海はもう寝ることにした。
いい加減遅い時間だし、起きていたって姉にからかわれるだけだ。
明日の早朝補習は無いが、それでも朝は早い。
時間割を確認しながら、鳴海は予備校で使った英語のワークを、
意味もなく鞄から出して眺めたり、納めたりを繰り返した。
「内容全然わかんないね」と初めて話をした日に、美莉里とうなずき合ったテキストだった。

布団の中で、明日は美莉里に想いを伝えられるのだろうかということをずっと考えていた。
その日も眠れなかった。眠れない日々は一週間ずっと続いているのだった。





次の日、鳴海は、

「鳴ちゃん、そろそろ起きないと遅刻するんじゃない?」

という姉の呑気な声で目を覚ます。

「ヤバイ!!」

いつもは目覚まし時計をセットしているが、どういうわけが昨晩はそれを忘れたらしい。
慌てて制服を着て、顔を洗う。
ケロッグのコーンフレークをほとんど噛まずに流し込み、瞬く間に身支度を終え、

「昨日のカレー残ってるよ」

と大あくびをしながらの呑気な姉の声を背中に受けながら、鳴海は玄関を飛び出した。
寝過ごしたのはせいぜい30分ほどだ。速歩きで登校すれば十分間に合う。

鳴海の通う高校が見えてきて、今日の鳴海と同じく遅刻ギリギリで学校に到着する
ガラのよろしくない方達がちらほらしだした。
なんとか間に合いそうだと、更に脚を早めようとしたとき、
急に後ろから声をかけられた。
振り返るって見ると、背の高い、二十歳前といった男が微笑を浮かべながら立っていた。

「よお、ひさしぶり」

久しぶりに会うので一瞬分からなかったが、姉貴の彼氏だ。名前は確か赤城康彦。

「あ・・・こんちは」

こんな時、なんと声をかければいいのだろう。しかも相手は姉の彼氏。

「ホント久しぶり。学校か、大変だろ?」
「はぁ」
そんな話をしているうちに、時間は過ぎていく。

「姉さんとは上手くいってますか?」

鳴海は、人の色恋沙汰に首をつっこめるほど世慣れた男ではないが
遅効寸前の投げやりな気持ちも手伝って、からかうような口調になって言ってみた。
相手が昨日の自分と同じく取り乱したら、さっさと逃げればいい。
ところが鳴海のこの言葉に、赤城は顔からさっきまでの笑みを消して黙ってしまった。
やべっ、訊いちゃいけないことだっかか?――鳴海も同じように黙ってしまう。

「いや・・・凪な・・・・・」

赤城はやっと口を開いた。黙っていたのは10秒に満たなかったろうが、
鳴海には1分も時間が経ったように思えた。

「・・・はい・・・」

「凪な、お前の話しかしないんだよ・・・」
「へ?」
「いや、なんでもない。学校頑張れよ」

赤城は突然背を向けると、鳴海とは反対の方角にスタスタと行ってしまった。

なんだ?と思いつつ、もう本当に遅刻しような時間であることに気が付いて
鳴海は、はっとした。予鈴が鳴るまでもう時間がない。
全力疾走で校門を目指す。
汗だくで教室に駆け込む事になるが、体裁など構っていられない。

校門までの最後の曲がり角を曲がろうとしたところで、
突然鳴海は何かと衝突した。

「ぐはっ!!」

この角に電柱など無かったはずだ。何にぶつかってしまったんだろう。
頭をしたたかに打ち付けてしまったらしく、ズキズキ痛んで視界が靄にかかったようになる。
まず目に入ったのは彼の通う高校の女子生徒の制服だった。
何故か、買ったばかりの新品のようにピカピカしている。
近くには歯形のついた食パンが落ちている。
どうやら自分がぶつかったらしいこの女子生徒も
自分と同じく遅刻しそうで慌てて登校して来たらしい。

「ごめん・・大丈夫ですか?」

声をかけてその女生徒に近寄ろうしたところで予鈴が鳴った。

「痛た・・、はっ遅刻!こちらこそすいませんでした!」

予鈴で意識を取り戻した女生徒は、ガバッと起きあがり、ダッシュで下駄箱のほうに駆けていった。
顔はよく解らなかったが、鳴海の知らない顔だったような気がする。
入学してまだ半年なので、全校生徒の顔など到底覚えているはずもないが。
こんなところでボケッとしていたら自分だって遅刻してしまう。
鳴海も下駄箱へ走り、上履きに履き替えると教室に向かった。

慌てて教室に入っても、席について大人しくしている生徒などおらず、
鳴海がいつもより遅く教室に入ってきたことを、妙に思った人間はいなかったようだ。
すぐに始業のチャイムがなり、1限目の数学の担当である担任が名簿をもって教室に入ってきた。

「えーみんなおはよう。今日は先週から言っておいた転校生を紹介する」

僅かにざわついていた教室がしーんと静まり返った。

――つづく――

>>第2話


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